CRIME OF LOVE 4
 

 車中で望美は無言だった。少し遠回りして海岸沿いの夜景を楽しむのがいつものことなのに、それを省いて知盛の部屋に向かうのにも何ら疑問はないようだ。だがマンションのエレベーターに乗ったところで、ぽつりと口にした。
「知盛、どうしたの? さっきから何、考えてるの?」
 答の代わりにエレベーターの壁に彼女を押しつけ、唇を奪った。
「んっ……!」
 突然のことにこわばった体からはしかし、すぐに力が抜けていく。望美の腕が知盛の背に回された。
 エレベーターのドアが開いた。
 ベッドに行くまでの床の上に、ふたりが身に着けていたものがばらばらと散っていく。キングサイズのウォーターベッドが、ふたり分の重みを受けてたわんだ。
 強引なしぐさとはうらはらに、知盛には乱暴なところは何もなかった。 隈なく体中を愛され、奥深くまで満たされて、望美はうわごとのようにつぶやきながら、 しなやかでたくましい裸身に肢体を絡めた。
「愛してる……愛してるよ、知盛……」
「望美」
 どんな芳醇な酒もかなわない口づけが彼を酔わせる。どれほど抱いてもこの飢えは満たされることはない……。
 やがて気を失うように眠りに落ちた彼女を残し、知盛は服を着ると煙草を吸いにリビングへ行った。彼女の休息を邪魔する気はなかった。ひどく責めはしなかったが、手加減もできなかったという自覚はある。
 照明をつけない部屋から窓外を見やれば、夜が更けて消えた箇所もあるものの、海へ向けて広がる街並みからその向こうへと、 眼下の夜景は変わらず彩りを放っている。
 暗い海面に明滅を繰り返す港湾標識。湾岸のカーブに連なる街路灯の列、走行する車のライト。誰かが夜通し働いているのか、朝まで消えることのない遠いビル群の灯り。
 すべては平和な営みの象徴だ。空に浮かぶ月も星々をも圧倒する、人の手こそが作り出した地上の星宿。
 だが、これらも見納めとなっても惜しくはない。こちらの世界で目にしたいものは、もう十分に見た。夢を見ていた気がした。やさしく甘い、長い夢を……。
 彼がいなくなっても平気なように、全部手配済みだった。切り出そうと思えば、とっくに切り出せたのだ。ただ。
 ……未練、か。
 いいや。彼女への想いは、そんな言葉だけで言い表せるものではないだろう。
 強いものがほしくなり、 愛飲している銘柄のボトルをサイドボードから出した。深い琥珀の液体をグラスに注いで飲むと、熟成されたアルコールの刺激が心地よく喉を焼いた。華やかな香り、異国の海の潮風を感じさせる長い余韻。いずれ懐かしく思い出す時があるに違いない。
 ソファに腰かけて煙草を数本吸い、先ほど床から拾い上げたものを手の中で所在なくもてあそびつつ、しばらく外を眺めていた。
 そのままどれほどの時が経っただろう。かすかな物音が聞こえた気がして彼は腰を上げた。
 ミネラルウォーターを手にベッドルームに戻ると、知盛のジップアップをはおった望美がベッド脇に落ちていた枕に手を伸ばし、頭の下に引き寄せたところだった。コニャックカラーのピローカバーが、流れる髪で半ば隠れる。少し寝ぼけたような声で言った。
「……煙草、吸ったでしょ」
「ああ。駄目か」
「うーん、好きじゃ、ないもん」
「もうすぐ……気にする必要はなくなる」
「そう……」
 まだ完全に目覚めてはいないのだろう。ミネラルウォーターを差し出すと、ベッドの上に体を起こして飲み、肩で息をついた。知盛は彼女の横に腰かけ、長い髪をゆっくりと撫でた。安心して身を預けてくる望美の髪に触れる手は止めないまま、彼は口を開いた。
「頼みがある」
「なぁに?」
 彼は低い声で、しかしはっきりと告げた。
「 俺を帰してほしい。元の世界へ」




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